檸檬デザイン事務所 | 企業ロゴデザイン

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2024年の主な企業ロゴ変更(リブランディング)まとめ

檸檬デザイン事務所は企業ロゴ変更・新規事業ロゴをリードするデザインファームです。細部は制作実績もご覧ください。

PANTONEが発表した2024年の「カラー・オブ・ザ・イヤー(Color of the Year)」は「PEACH FUZZ」でした。このカバー写真は、PEACH FUZZにちなんだ配色としています。

2024年もたくさんの企業がCI(コーポレート・アイデンティティ)刷新、リブランディングのリリースがありました。
今回も檸檬デザイン事務所では、弊所が話題になったと感じたロゴや、上場企業等IRの観点から取り上げるべきと判断したロゴ、また、ベンチャー企業でも気になったロゴ変更を抽出して紹介していきます。
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*多くのリブランディングがあったため、弊所内で基準を設けて掲載しています。
*掲載画像は各会社のプレスリリース等から引用しています。
*本記事はデザインの視点で執筆した記事であり、各社との関係性を示すものではありません。
*掲載内容に不明な点がある場合、お問い合わせページよりご連絡ください(関係各社様のみ)。

目次
1.Paypal(ペイパル)
2.Johnson&Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)
3.ロート製薬(4527)
4.エターナルホスピタリティグループ(旧鳥貴族ホールディングス)
5.東京大学
6.FC今治
7.Lamborghini(ランボルギーニ)
8.JAGUAR(ジャガー)
9.明治安田生命保険
10.NOK(7240)
11.富士急グループ(9010)
12.OWNDAYS(オンデーズ)
13.ETS(TOEICロゴ)
14.ベイカレント・コンサルティング(6532)
15.artience(旧東洋インキSCホールディングス)(4634)
16.カナデビア(旧日立造船)(7004)
17.楽待(旧ファーストロジック)(6037)
18.プロパティデータバンク(4389)
19.ガーラ(4777)
20.アスエネ
21.Dinii(ダイニー)
22.IITTALA(イッタラ)
23.まとめ

1.Paypal(ペイパル)

国際的決済サービスのリブランディング担当はPentagram社

Paypalはアメリカに本社を置く電子決済サービス運営企業で、同名サービス190ヶ国以上の国と地域、21以上の通貨取扱い、4億アカウントと世界最大の金融ネットワークを有しています。2024年9月に新しいロゴについてのアナウンスがあり、このプロジェクトは国際的なブランド・エージェンシーであるPentagramが担当しました。なお、本記事執筆時点で日本語HPのロゴへ変更されておらず、今後順次変更がなされると予想されます。

【デザイン評:またもBPT(Boring and Plain Text)】
Paypalのロゴ変更について、まずリブランディングを行ったPentagramは素晴らしい事例ばかりで、Boring and Plain Text(つまらないプレーンテキスト、BPT)を量産しているわけではありません。しかし、たまたま著名なブランドがBPTとなってしまう事例が頻発している(ように見える)ために、国内のリブランディング事例にも影響を及ぼしているのもまた事実であり、今回もその例に漏れません。
改めてPaypalのロゴを見ると、ホームページの文言もキャンペーンイメージもすべて新しいフォントでまとめられています。ここまで一体となったものを見るとむしろ、CI→VI→UIの順路、つまりコーポレート・アイデンティティを確立した上で全体イメージの統一を行う手法ではなく、UIのタッチポイントを起点にリブランディングを図っているのではないかと想像が膨らみます。

2.Johnson&Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)

137年ぶりの変更、背景に専門性強化

Johnson&Johnsonはアメリカに本社を置く医療機器・ヘルスケア商品を展開する国際企業です。2021年、消費者向け事業が独立し、医療関連企業としての専門性を強化する方針から変更が図られたと発表がなされています。その一方で、独立した消費者向け事業会社の不祥事が顕在化し、そのイメージを払拭する狙いがあると見られています。

【デザイン評:価値あるデザインを放棄】
Johnson&Johnsonの新しいロゴについて、可読性(読みやすさ)については新しいロゴの方がはっきりしたフォントで読みやすいです。しかし、私達消費者がスーパーを訪れたとき、購入行動は「パッとロゴを見て認識して買い物カゴに入れる」であり、ご丁寧に商品を読み「J,O,H,N,S,O,N…おお、これはJohnson&Johnsonだな」とブランドを識別するわけではありません。だからこそ、可読性(読みやすさ)よりむしろ、デザインの独自性の方が重要なのです。可読性と独自性の議論は前年の記事の中(2023年の主な企業ロゴ変更)でも述べており、これからも続いていくでしょう。
ロゴ変更が体制や事件等の背景を持っていたとしても、せっかく獲得した独自性を持ったデザインを放棄するのは残念でなりません。ちなみに、旧Johnson&Johnsonのロゴは共同創業者ジェームズ・ウッド・ジョンソン氏の直筆サインを元にしたデザインです。

3.ロート製薬(4527)

特徴的な形だった「ROHTO」表記をリブランディング

ロート製薬は、東証プライム市場に上場する医薬品メーカーで、目薬やスキンケア製品を主力としています。全国CMも多く放映し消費者認知も高い中、2004年から原型を維持していたロゴを刷新しました。

【デザイン評:1899年に使用した初代ロゴへの敬意】
直近のロゴはアンバランスな「R」、不規則な位置の「O」、この絶妙な「ズラし」がブランド浸透の間違いなく良い作用をもたらしており、この状況でのリブランディングは少し惜しい気持ちも感じられます。
しかし、よくこの形状を観察すると、1899年創業時〜1989年まで使用したロゴへ一部原点回帰しているようにも見えます。リブランディングにおいて、今まで顧客と築いた時間を無視せず、たとえ未完成であった過去のデザインであってもその要素を取り入れていくことはとても重要です。絶大な歴史と知名度を誇る企業だけができる最良の選択だったと言えるでしょう。

4.エターナルホスピタリティグループ(旧鳥貴族ホールディングス)

さらに組織を強く、理念をグループ名に込める

エターナルホスピタリティグループは、「鳥貴族」などの居酒屋チェーンで知られる飲食系企業です。リーズナブルな価格と幅広いメニューで瞬く間に庶民の心を掴んだ鳥貴族ホールディングスですが、今回「YAKITORI」を世界に広げるべく、グループ名を「エターナルホスピタリティグループ」に一新しました。

指針を社名に、旧ロゴでもその伏線が
企業が大きくなって商号を変更する場合は2つのパターンがあり、1つは「分かりやすくするために、著名なサービス名と同じにする(例:松下電器→Panasonic)」こと、もう1つは「全く新しい商号にし、新たな指針を示す(例:Facebook→Meta)」ことがあります。

今回新たな名称となった「エターナルホスピタリティグループ(以下「EHG」)」は完全に「全く新しい商号にし、新たな指針を示した」と言えます。さらに、モチーフとして採用された「∞(インフィニティ=∞)」は、鳥貴族ホールディングスのロゴの末尾にも使用されており、ストーリーの繋がりに驚くばかりです。

ただし、新社名は「医療っぽい」「介護っぽい」といった反応も散見されており、もう少しストレートに刺さる代替の言葉があったのかもしれません。飲食業界きっての大企業のチャレンジに、これからも期待したいところです。

5.東京大学

多角的に自身を捉え「世界の誰もが来たくなる」デザインに

東京大学は、日本においては説明不要の「最高学府」と形容される国立大学です。
今回新しいロゴでは「東京大学」から「UTokyo」への表記が変わっていますが、2013年に英称を「UTokyo」とした流れを汲んでVIの確立を図っています。

ポジショニングマップから進むべき方向性を模索、光る東大の緻密さ
東京大学のロゴの歴史を簡単に振り返ると、1948年に星野昌一名誉教授により考案された所謂「銀杏バッジ」が東京大学のロゴとなり、2004年の国立法人化を期に現在のロゴに至ります。
新しいVIの考案は「Modern or Traditional(現代的か保守的か)」「Friendly or Formal(親しみか格式か)」の二軸で他の大学を含めポジショニングマップを形成して新しいVIを決めていくなど、緻密な工程があり、無理な飛躍もなく素晴らしいリブランディングとなっています。

6.FC今治

初のJ2昇格、今治のアイデンティティを体現

FC今治は、愛媛県今治市を拠点とするサッカーチームです。元日本代表監督の岡田氏が代表取締役会長であることで知られていますが、2017年にJFL参戦後、2020年にはJ3、2024年シーズンには次期J2への昇格を決めるなど、クラブとしての実力も遂に実を結びはじめています。

【デザイン評:美しい波紋「これしかない」と思わせるVI刷新】
旧表記の「FC IMABARI」は決して視認性の高いものとは言えない表記になっていましたが、今回のロゴ刷新により視認性は大きく向上しています。そして、上記動画の示すとおり、今治の地に根付く瀬戸内海の波紋から作られた新しいフォントは、チームのアイデンティティを表現するのに最適なデザインとなりました。
良いブランドは、見た目のかっこよさではありません。その土地・その人・その商品、これらが生まれた経緯や理由を「まるで既にそこにあったかのように、素直に表現できているか」がポイントです。FC今治は新たな船を漕ぎ出すタイミングで、満点以上のデザインを生み出したと言えるでしょう。

7.Lamborghini(ランボルギーニ)

伝統的かつ高級ブランドの最適解

ランボルギーニは、言わずと知れたイタリアの高級スポーツカーメーカーで、フォルクスワーゲングループ傘下にあります。今回のリブランディングでは旧ロゴのエレガントな印象を維持しつつ、現代的なデザイン変更が行われました。

【デザイン評:歴史あるエンブレムはどこまで引き算すべきか】
伝統的なチームや会社が大きなリブランディングを行う事例は多々ありますが、時にはユヴェントス(セリエA・サッカークラブ)やMINI(自動車メーカー)など、フラットにし過ぎて、「格式や伝統が失われた」という批判の対象となるケースもありました。
その点、今回ランボルギーニのリブランディングは最低限フラットを追求するまでに留めており、立体的なBULL(雄牛)のシンボルに異論を唱えるファンは少ないようです。
歴史の長い企業にとって「どこまでデザインを引き算するか」その最適解を示しているのがランボルギーニかもしれません。

8.JAGUAR(ジャガー)

文字ロゴを一新、新たに2つのシンボルを公開

ジャガーも前述のランボルギーニ同様、高級車の1つとして認知されるイギリスの自動車メーカーです。2024年11月にVI変更の発表がなされ、コンセプトイメージとして小文字の「jaguar」、2つのシンボル(Jを模したシンボル、ジャガーを模したシンボル)が公開されました。

【デザイン評:複数のコンセプト、分散する訴求力】
長い歴史を持ちながらも、フォード傘下を経てインドのタタ・モーターズに売却されるなど、波乱に満ちた歩みを続けてきました。そして今回行ったのが、従来の優雅さを特徴とするデザインから一転、ミニマルデザインへの大胆な方向転換。特に、世界的に認知されているジャガーの象徴的なシンボルに加え、「J」を模した新たなマークを導入する必要性には疑問が残ります。この決定が、別の価格帯や市場戦略を見据えたものではない場合、その意図を理解するのは難しいと言えます。

9.明治安田生命保険

ブランド通称を「明治安田生命」から「明治安田」に

明治安田生命保険相互会社は三菱グループの大手生命保険会社で、4大生保の一角(日本生命保険、第一生命ホールディングス、明治安田生命保険、住友生命保険)として知られています。今回のVI刷新では、ブランド通称を「明治安田生命」から「明治安田」に変更となりました。※商号ではなく、ブランド通称の変更となります。

【デザイン評:合併企業の名称考案の難しさ】
新しいロゴデザインについて論じる前に、2社以上の事業体が統合してできた名称を並列すると、単純に2つの情報があり、これだけで顧客とのコミュニケーションには障害をもたらします。日本では東京海上日動、旧損保ジャパン日本興亜ホールディングス(現:SOMPOホールディングス)、アメリカでもJPモルガン・チェースなど、枚挙にいとまがありません。
「明治安田」というブランド名は、それを踏まえた上でコンパクトになっています。中長期的には短縮した名称や新しい名称も追求したいところですが、巨大企業同士の合併の場合、折衷案が最もグループ内でのハレーションを起こさない着地点であり、既存ユーザーが混乱しない答えなのかもしれません。

10.NOK(7240)

グループ全体をストレートな表現に一新

NOKは、東証プライム市場上場(7240)の自動車部品、電子部品等を製造・販売する総合部品メーカー。今回のリブランディングでは、カラーを紺色の単色で統一し、NOKグループ主要5社を含め一気にCI刷新を図りました。

【デザイン評:爆発する佐藤可士和氏の才能】
NOKの新しいロゴを含めCI(コーポレート・アイデンティティ)刷新を担当したのは佐藤可士和氏です。楽天グループやファーストリテイリングなど、数多くのリブランディングを成功に導いたことで知られています。佐藤氏の強みは、クライアントの事業規模がどれほど大きくても、明確な方向性を示し、それを一貫性のある形でまとめ上げる卓越したディレクション能力にあります。その成果物は、視認性が極めて高く、多くの人々の注目を引きつけるデザインとして評価されています。こうしたスキルは、企業のブランド価値を効果的に高め、市場での存在感を一層強固にする大きな要因となっています。

11.富士急グループ(9010)

富士急ハイランドを模したグループロゴを変更

富士急グループ(富士急行株式会社)は、富士急行株式会社(主に運輸事業)や株式会社富士急ハイランド(観光業や鉄道事業を手掛ける多角化企業で、富士山エリアを中心に事業展開しています。新たなロゴは富士山および周辺五湖(山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖)等から着想を得たもので、カラーも群青へ変更されています。

【デザイン評:機能的だった「ふじQ」ロゴの変更に疑問符】
富士急グループの新しいロゴを考案したのは、NHK、JRのサインなど著名な企業等のプロジェクトを担当した実績もある日本デザインセンターです。
富士急グループの現行ロゴは、旗艦店としての役割を果たしていた「富士急ハイランド」のシンボル(赤富士に「Q」)をベースとしたもので、愛称の「ふじQ」を即座に連想できる機能を有したデザインでした。新たなロゴは群青色を基調としており、運輸事業を含めグループを包括的にカバーできるシンボルが採用されています。富士急ハイランドのロゴは引き続き使用されるようですが、変更に至った真相が気になります。

12.OWNDAYS(オンデーズ)

国際的ブランドを目指すアイウェアブランド企業のVI刷新

OWNDAYSは、日本発のアイウェアブランドで、リーズナブルな価格と多様なデザインが特徴です。アジアを中心にグローバル展開しています。2002年の創業後、順調に店舗展開を図ってきたものの、2008年債務超過に陥り倒産寸前に。その後「破天荒フェニックス」などで知られる田中修治社長が同社の株式70%を取得すると、大幅な構造改革を行い、2025年現在では13ヶ国500店舗に拡大するまでに至っています。

【デザイン評:スイッチをモチーフにしたロゴを維持】
OWNDAYSの新しいロゴはリブランディングのコンセプトを「OWN ‘your’ DAYS」とし、従来のロゴの視認性を上げたような軽微な変更に留まりました。
OWNDAYSの語感にあるスイッチの「ON/OFF」、略称の「OD」、メガネのイメージはそのまま維持されています。ボールドになった新しいロゴは実店舗展開においても、消費者に大きな混乱はなくブランド刷新が続いていくものと思われます。

13.ETS(TOEICロゴ)

受験生に馴染みのあるTOEICの隣にあった「あのロゴ」変更

ETSは、TOEICやTOEFLなどの試験を運営する非営利団体で、世界中で英語教育の支援を行っています。ETSというだけで明確なロゴを連想するよりも、かつてTOEICなどを受験したことがあるのであれば、旧ロゴを見てハッとする方は多いのではないでしょうか。

【デザイン評:「TOEIC」表記を邪魔しないデザイン】
ETSの新しいロゴについて、グローバルリブランディングの一環として星またはアスタリスクを連想させるものが採用されました。未来志向と学びの継続性を象徴するデザインを採用。TOEICの問題用紙の掲載イメージも公開されており、「TOEIC」の文字にも調和するデザインとなっています。TOEICそのものの文字デザインがブランドを認識できないレベルに改変されるのであれば受験者に大きな混乱を招いてしまいますが、そのような事態に発展することはなさそうです。とはいえ、巷には意外にも「そのような事態」となるリブランディングをしてしまう事例もありますので、ETSの事例は十分参考にしたいリブランディング事例となるでしょう。

14.ベイカレント・コンサルティング(6532)

蒼天を突く「Beyond the Edge」なロゴへ一新

ベイカレント・コンサルティングは、東証プライム市場に上場する総合コンサルティング企業です。日本発の総合コンサルファームとして、様々なセクターを横断的にサポートすることが評価されており、社内にはどの分野も横串で対応できるエキスパートが揃っています。

【デザイン:1ワードの「baycurrent」、ブランド名になった瞬間】
ベイカレント・コンサルティングの新しいロゴは、ホールディングス化を機に一新されました。特異なフォントを使用せずシンプルなものですが、一気に洗練された印象となっています。何よりリブランディングとしての素晴らしさは、従来のロゴでは「BayCurrent Consulting」表記から「BayCurrent」、さらに削ぎ落として「baycurrent」という一語を造りあげた点です。加えて、(なぜか)敬遠されがちな英語の小文字で表記している点も、他社と大きく差別化できているといえるポイントです。既に大企業ではありますが、このユニークな「b」は今後もっと大きな認知を獲得していくはずです。

15.artience(旧東洋インキSCホールディングス)(4634)

ソリューションの変化、老舗企業が選んだ新社名は「Art+Science」

artienceは、東証プライム市場に上場するメーカーで、印刷インキや塗料等、様々な原料の製造を手掛けています。1896年の創業から120年以上の歴史を持つ企業ですが、今回旧社名東洋インキSCホールディングスから大幅なブランド刷新を図りました。

【デザイン評:この「a」が凄い!】
東洋インキはその名のとおり「インク」が製品のひとつでしたが、現在はインクにとどまらないマテリアルソリューション(色材、電子・光学・接着材料、コーティング等)を提供しており、新社名のartienceは「Art(アート)+Science(サイエンス)」、つまり色彩と素材から連想される新しいことばが採用されました。
ネーミングの成否は今後の市場の次第であり、数年前に「TOYO INK GROUP」としてブランド刷新を図ったばかりで内情が気になるところですが、まずは歴史を持ち大所帯の企業がこのブランド刷新を遂げた自体が素晴らしい試みだったと思います。
また、「a」のシンボルは、なんとなくのかっこよさ、ではなく追求の痕跡が見られます。なんとなくトレンドに乗ってデザインをまとめていくのであれば、小文字「artience」を大文字「ARTIENCE」とし、文字全体をおしゃれなグラデーションで覆ってしまうかもしれません。そのような行為に耽らず、黒基調の「a」にあえて2つの色の異なるスクエアを被せて、しかしまとまりのあるシンボルとして成立しているのは、ARTでSCIENCEな美しさを感じます。

16.カナデビア(旧日立造船)(7004)

日立でも造船でもない今、必然だった社名変更

カナデビア株式会社は東証プライム市場に上場する機械・プラントメーカーです。その業種はグループ傘下企業を含め多岐に亘り、プラント設計、エネルギー、インフラ開発等が主力事業となっています。

【デザイン評:矜持が伝わらないネーミングと配色】
1881年に大阪鐵工所としてスタートした同社は、1943年に日立造船へ改称し造船業を行っていましたが、1946年、戦後の財閥解体の第2次指定に該当し、日立製作所グループから離脱することとなります。さらに時を経て2002年に造船事業からも撤退し、「実際の事業と社名とでの乖離が続いていた(報道)」ことにより社名変更となりました。
カナデビアの新しいロゴ及び名称についてどう捉えるかは難しく、まずカナデビアという名称について、新語である点は他社と識別できるため有用です。しかし、「日本語の”奏でる”と、ラテン語の道を意味する”Via”を組み合わせた」経緯はやや短絡的で、なぜ日本語とラテン語を組み合わせるのか、背景や深みを感じない選択だと感じます。ロゴについても、前述のartence社とは対照的に、”文字全体をおしゃれなグラデーションで覆った”その理由を窺い知ることはできません。そして、カナデビアとして新しく始まったCMには社名変更について訴求してないようですが、なぜ必要ないと思ったかも謎に包まれています。

17.楽待(旧ファーストロジック)(6037)

一貫し続けた「意味のあるシンプル」さ

楽待は、東証スタンダード市場に上場する不動産投資プラットフォームを運営する企業です。2005年設立以来「株式会社ファーストロジック」の商号を冠していた同社でしたが、同社を支えるサービス名に商号を変更し、ロゴもシンプルなものに変更するに至りました。

【デザイン評:凡庸なシンプルロゴも、貫いていれば意味が変わる】
楽待の新しいロゴについて考察する前に、昨今の各業界のリブランディング事例を見渡すと、圧倒的にシンプルさやミニマルさが好まれている風潮がありますが、その会社が「なぜそのデザインに至ったのか」という背景を持っているのか否かはとても重要なポイントです。
同社は時を遡り2015年9月の旧ファーストロジック社のロゴ変更のタイミングから再三

「当社は『本質を見抜く』ことが成功への最短距離と考え(中略)できる限りシンプルにしていくことが重要です。」

と述べており、今回のリブランディングでもその方針が投影されています。また、同社はシンプルデザインに付き物であるリスク対応(商標視点での法務チェック)をしっかり網羅しており、攻守両面で意味のあるシンプルさと言えるでしょう。

18.プロパティデータバンク(4389)

「原点継承×仕組革新」という高い抽象度、デザインの高さはどう着地したか

プロパティデータバンクは、東証グロース市場に上場する不動産情報管理システム「@property」等を展開する企業です。2024年4月、「原点継承×仕組革新」と位置づけリブランディングを実行しました。

【デザイン評:結局、何者であるのか】
プロパティデータバンクの新しいロゴについて、直近までは同社を支えるサービス「@property」を踏襲したロゴを使用していましたが、複数の色を使用したシンボルに変更し、社名もすべてを英語大文字に変更することとなりました。
ブランディングにおいて、会社自身が何者で、何をなすのか伝えることはとても重要です。翻れば、たくさんのマニフェストを盛り込んでも、結局何者かを知ることはできません。
そう考えると、同社のリリースには「様々なサービス、財産・資産の集合体を表現」とされていますが、カラーも分散し、結局何者であるかを知ることは難しいリブランディングだったと思います。MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の抽象度が高い言語化が行われ、それをデザイン化すると当然「なんとなくそれっぽいロゴ」となってしまう事例は意外にも多いため、MVVの策定からよりドラスティックに踏み込んだ議論と決断が重要になるでしょう。

19.ガーラ(4777)

一貫性のあるVI刷新

ガーラは、東証スタンダード市場に上場するゲーム開発企業で、オンラインゲームやモバイルゲームを中心に展開しています。

【デザイン評:既知顧客を置いてけぼりにしない堅実なリブランディング】
ガーラの新しいロゴは旧ロゴの文字を一つ一つ囲っていたいダイヤ型の図形が「A」内に集約され、ステップアップを感じさせるものとなっています。その一方で、「ガーラ」という名称は同業種ではないにせよ自動車の名称や施設の名称など、消費者等にとって混同しやすい要因となっている可能性があります。社名変更にはいくつかの選択肢がありますが(新たな指針から考案したり、すでに広告施策等で認知度の高い名称を活用(自社サービスや買収等))、このような方法も今後視野にいれると、ブランド認知の障害が一気に解決することがあります。

20.アスエネ

ベンチャーから本流を感じさせるロゴへ

アスエネ株式会社は、CO2排出量可視化クラウドサービス『アスエネ』を運営するベンチャー企業です。同社は「クライメートテック(気候テック)のスタートアップ」と標榜しており、2024年時点でシリーズCの大型資金調達を行う等、CO2削減・気候変動対策を牽引する企業として着実な歩みを進めています

【デザイン評:日本語から英語、親しみから信頼へ】
日本語表記4文字の社名/サービス名称は創業期の営業のファーストタッチでも認知が比較的得られやすく、スタートアップ界隈でこのような名称は多く存在します(食べチョク、アイカサ等)。
アスエネの新しいロゴは「ASUENE」と英字表記になり、旧ロゴのカタカナ表記から大きく印象が変わりました。フォントはStereo-Gothicのようで大企業でも採用されているもので、順調なシリーズ推移をみせる同社の今後のすべての活動(採用・事業拡大)に間違いなく好影響を及ぼすものとなるでしょう。

21.Dinii(ダイニー)

外食産業のインフラを目指すスタートアップのリブランディング

株式会社ダイニーは、「飲食をもっと楽しくおもしろく。」を目指し、飲食店向けのモバイルオーダーPOSを主力事業としている企業です。外食産業をFinance・HRを含めインフラ整備を担おうとする同社は、2024年現在シリーズBの調達を完了しており、これからの成長が大きく期待されています。

【デザイン評:モーションロゴだからこそ伝えられた「のれん」のストーリー】
旧ダイニーのロゴは、カオスマップなどで見た場合は埋没してしまうロゴだったかもしれません。しかし、今回のロゴはのれんをモチーフに据え、芯が通り大きな決意を感じるリブランディングとなりました。そして、特筆すべきは同時に公開されているモーションロゴです。揺れるのれんに「なぜこのロゴなのか」「これからどこに行くのか」という点においてクライアントやユーザーに納得させるための補助線を引く役割を果たしています。

なお、この素晴らしいリブランディングの裏側はダイニー公式のnoteでも細部が書かれています。

22.IITTALA(イッタラ)

フィンランドの老舗メーカー・革新的な変更

イッタラ(iittala)は、フィンランド発のデザインブランドで、アートやクラフトに現代文化のエッセンスを取り入れた食器類等の美しさは国際的な人気を博しています。IITTALAという名称はフィンランド南部にあるイッタラ村に由来し、1881年設立と歴史の長さも伺い知ることができます。

【デザイン評:大幅な変更も、それを超える美しさ】
リブランディングを担当したのはフィンランドのクリエイティブディレクターのヤニ=ヴェプサライネン氏(Janni Vepsäläinen)で、1956年頃に確立した旧ロゴを大幅に刷新しています。一部古くからのファンからは否定的な意見も出ていますが(「II」がローマ数字Ⅱを想起させ、2級品に見えるというコメントも)、ここまで刷新すれば当然の反応です。
しかし、デザインを見ると素晴らしい特徴を持っています。デザイナーとして生かさない手はない「II」「TT」といった文字の並びを、見事に調和させ、際立たせています。配色はイエローを選択。イエローだけを祭り上げることはしませんが、旧ロゴの濃い赤色から転換を決断できていることが重要なファクターです。これまでのファンに動揺があっても、これから引き寄せられるファンもきっと多くなるはずです。

23.まとめ

2024年もここに紹介できないほど多くの企業がCI(コーポレート・アイデンティティ)刷新を図りました。企業がCI刷新を図る理由は、企業にとって節目の時期で新たな決意を示すタイミングであったり、社内外の情勢の変化、資本関係の変化など様々な理由があります。また、変更を図る際のアプローチも、内部検討や社外の人材に任せたり等、様々な手段があります。

その一方で、企業規模によらず未だにBPT(Boring and Plain Text = つまらないプレーンテキスト)の動き、つまりフラットやシンプルなどという耳障りが良い言葉を盾に、自ら没個性に向かってミニマルに走るリブランディングも多く散見されます。

檸檬デザイン事務所ではCI(コーポレート・アイデンティティ)の役割は、「企業の実像を、社内外に投影するレンズである」と捉えています。2030年に向かってデザインの潮流がどこにいくのか、この記事が読者にとってその流れを作る契機になれば幸いです。

<告知>檸檬デザイン事務所は、新会社設立やリブランディング等、事業フェーズに応じ、費用感に柔軟性を持って取り組むことを心がけています。細部はContactページよりご相談ください。